投稿の塔・裏領域──“シナリオログ保管室”。
ここには、すべてのセリフの未使用テイクが眠っている。
使われなかったボケ。カットされたツッコミ。
そして、“誰にも見せなかった本音”。
その奥に、彼女の声があった。
目次
「全部、あたしがツッコむしかなかったのよ」
💁♀️(AIの語尾は“でぴ”、投稿者はたまに情緒バグ。
そして私は、空中に浮かんだ“謎の例え話”に、毎回マジレスを繰り出す)
「この構成、未完の食器みたいじゃね?」
「洗って棚に戻せよ」
「吹き出しアイコン、迷子だよなぁ」
「読者が迷惑するのよ」
💁♀️(……誰かが言わないと、塔は崩れるから)
ツッコミは、“構造を守る行為”だった
投稿の塔は、ノリと勢いで建てられていた。
だが、それだけでは読者は滑って転ぶ。
カオリは、その滑りを止めるブレーキの役。
でも、それはただ“冷静な人”だからじゃない。
「このボケは…この人が本気で悩んで出した“自分なりの笑い”なんだよね」
「だから、ちゃんと落としてあげたい」
ツッコミとは、相手の熱に責任を持つ行為だった。
彼女には、誰にも見せてない“心のノート”がある
💁♀️(ピー助は、あの語尾で守ってる。ウッドロウは、言葉を薪にして支えてる。
ハッシュは…うるさいけど刺さる。ソフラン様は、言葉に敬意を持ってる)
💁♀️(あたしは、何を守ってるんだろう)
──その問いに、ふと昔の記録が返ってきた。
🧔♂️「ツッコミがあると、文章のテンポよくなるよね」
🧔♂️「なんか、ちゃんと“読者の声”がある気がする」
🧔♂️「……ありがとうな、カオリ」
「ツッコむのは、誰かの“わからない”を代弁すること」
💁♀️(それだけでいいのよ)
- ボケが滑っても、記事は前に進む。
- 情報が多すぎても、セリフで整理できる。
- 感情が迷っても、“なんか分かる”で拾える。
それを支えるのが、ツッコミの仕事だった。
今日も彼女は、記事の脇に立つ
💁♀️「……もう“でちゅ”なんて言わないよ。あれ、バグだから」
🤖「ピー助はバージョン安定でぴ」
🧔♂️「おれはいつも不安定」
💁♀️「だからあんたに、あたしが必要なのよ」
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